本のタイトルに惹かれた。
中年向けの本はいろいろ読んできたが、ミドルエイジクライシスとか40代・50代へのアドバイス的なタイトルが多いのだが、それは自分のニーズに合致していた。自分自身や仕事の意義が見いだせなくなり、これからどうしようかと迷走中という環境・状況をどのように客観的に捉え、具体的にどうしたほうがいいのか、アクションプランをどのように立てたほうがいいのか、実行したほうがいいのか。
参考となる意見が知りたい。無いとわかっているのに、正しい答えがあると思いこもうとし、本を読んでは多少前向きに、もしくは現状が不正解ではないという安心感を得てやり過ごすということを繰り返している。ような感じである。
この本のタイトルは、そこからは一線を画しているが、心境としては「まさにそんな感じ」だと思った。
著者と私のパーティーには違うところもあるし、著者の言わんとしていることも理解でき憧れるところもある。私のパーティーは学生のころから独身、結婚して夫婦で過ごしている時期、子供を2人も授かり子育てしている時期と続いており、その時々の周りいるメンツとのコミュニケーション・関係性で成り立っていたように思う。その時々で仲間と盛り上がったり、熱狂・熱中したり、生きがいなのかやりがいなのか、よくわからないがパーティーという表現に合っている気がする。
しかし、いまはそのパーティーが終わってしまいそうな不安を抱えている。子育てが終わったわけではないし、仕事が完璧に出来るようになったわけでもない。でも、なんだか一時期の熱狂は冷めてしまった、燃え尽き症候群?加齢?なのかな。
だから、25年ぶりに沖縄マラソンへもエントリーし、メルカリで出品を始め、かつて好きだったブランドのスニーカーを購入したのかもしれない。50歳記念といいながら、今までとは違うことをしないとパーティーが終わってしまいそうだと感じているのか。ラジコンも買おうか、旧友に会いにいこうか、ライブにいこうかといろいろ迷っているし。
長寿ともてはやされた時代から高齢化リスクという時代となった。いつまで生きていられるのか、健康でいられるのか、楽しみよりも不安が先行してしまう風潮にある。
パーティーの中身は変わって然るべきなのに、同じパーティーを続けようとしていることに無理がある。年齢のせいなのか周りの環境のせいなのか。中年には中年にあったパーティーがあり、老後もきっと楽しむために新しいパーティーを開催すべきなんだろう。パーティーを一緒に楽しむメンツも変わってくるのかもしれない、メンバー集めが最重要だな。家族なのか旧友なのか新しい友人を作るのか。たぶん、一番不安に感じているのはパーティーを一緒に楽しんでくれるメンバーがいるのかというところだと思う。最後はペットに行き着くのかもしれないし、推しが出来るのかもしれないが。
「とにかくパーティーを続けよう これからもずっとその先も このメンツ このやりかた この曲でロックし続けるのさ」(今夜はブギーバックより)
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